ぼく、試験が怖いよ


●先生のおはなし
「ぼく、試験が怖いよ」

金光教平野ひらの教会
宮下寿美みやしたひさみ 先生


 「ぼく、試験が怖いよ」。息子が私に言いました。それは、小学校の試験を翌日に控えた夜のことでした。
 わが家の小学校受験のきっかけは、幼稚園の仲良しの友達が、別の幼稚園の編入試験に合格し転園したことでした。息子が、「ぼくも同じ幼稚園に行きたい」と言いましたが、もう試験は終わっているので無理です。それなら友達が行く小学校に行きたいと言い出しました。その小学校に行くためには勉強をし、試験に合格しなければいけないと説明しましたが、息子の意志は変わりません。
 大人だらけの中で育った息子は、子どもに慣れておらず、入園した頃は、教室にすら入れませんでした。しかし、園の先生の働きかけで次第に友達と遊べるようになっていきました。息子にとって、友達がいることが小学校選びの一番大きなポイントでした。
 その小学校は、本人が望む友達がいて、少し遠いですが歩いて通える距離です。そこで、わが家の小学校受験へのチャレンジが始まりました。
 本人にとっても親にとっても初めての経験です。塾に行き模擬試験も受けます。実体験が大切と教わり、妻は息子に季節の草花を見せるため何度も大きな公園に行ったり、昆虫を飼ったり、田植えや稲刈り体験に参加したり、季節ごとの行事を大切にしていきました。そんな体験型の学びは大好きですが、書くことが不得意だった息子は、机に向かう勉強は苦手でした。模擬試験の成績はいつも低空飛行です。息子は小学校に行きたいけれども、そんな勉強はしたくないのです。嫌がる子どもを机に向かわせるのは、親にとっても試練です。私も妻も、「早く座りなさい」「ふざけないで、真面目にしなさい!」「どうして分からないの!?」とだんだん声が荒々しくなる始末。まさに受験生の親の失敗例になっていました。怒られた子どもは、ますます嫌がる悪循環です。年長の夏には、とうとう塾の宿題を全くしなくなってしまいました。一緒に遊んだり本を読んでいても、宿題となると慌てて逃げていきます。受験本番まであと半年。子どもの塾に付き添っていた妻は、一生懸命な分、焦りもいら立ちも募っていました。
 そんな時、妻がイタズラをした息子を叱り付けていたら、その場に居合わせた方に、妻が叱られました。その方は、子育てをしていた若い頃、金光教の先生から、「自分の子どもではあるけれども、神様の大切な子どもを預かっているのです。わが子だからと、ぞんざいにしてはいけませんよ」と教えられたそうです。だから妻にも、そんな叱り方をしてはいけないと教えてくれたのでした。
 妻は、叱られてハッとしたと話してくれました。「自分のほうが心に余裕がなくなり、追い詰められている。気持ちを切り替えないといけないのは自分だ」と。そして妻は息子に、「したくないなら、これから塾の宿題はしなくていいよ」と伝えました。息子は引き続き宿題を何一つしません。怒られないので、安心して、しません。しかし、親の心が変わると、次第に息子も落ち着き出しました。ずっと低空飛行だった成績が少しずつ上向いてきました。そうして塾の先生が言われていた「親も笑顔で楽しむ!」という言葉がすんなりと心に入ってきた頃、受験本番を迎えました。
 試験を翌日に控えた夜のことです。一緒にベッドに入った私に息子が言いました。「合格できるかなあ。ぼく、試験が怖いよ」と。今まで模試の結果を気にすることもなかった息子なので、びっくりしました。私は、息子をギュッと抱きしめ、「神様、どうぞ不安な心をお預かりください」と心の中で祈りながら、「そうかそうか、不安だなあ。大丈夫、大丈夫」と頭と背中を優しくさすりながら話しかけました。しばらくすると、息子は寝息をたて始めました。
 息子は小さな胸に不安と心配を抱えながらも、一生懸命に頑張っていたんだな。抱えきれない不安を素直に言えたんだなと、私は胸がいっぱいになりました。翌朝、元気を取り戻し、妻と一緒に明るく手を振って出かけていく子どもを、「いってらっしゃい!」と送り出したのでした。
 試験を終えて帰ってくると、妻は、「お母さん緊張しすぎて面接で失敗しちゃった。もし不合格ならお母さんのせいだわ。ごめんね。もし、合格してたらあなたが頑張ったからだよ」。息子も、「お母さんの面接ダメダメだったもんね。ぼくはちゃんとできたよ」とにこやかに笑い合って、親子共に受験を楽しんで無事に終えることができました。
 私たちは誰でも、焦りや不安、怒りや憤りが心にたまりすぎると、心を穏やかに保つことが難しくなります。私も妻も、いつの間にか追い詰められていました。子育てのアドバイスをもらったタイミングは絶妙で、神様がその方をとおして気持ちを解きほぐしてくれたのでしょう。また、受験前夜に、息子が不安な気持ちを言葉にできたのも、とてもありがたいことでした。
 人は誰でも、不安や悲しみなど、抱えている気持ちを言葉にし、それを聞いてくれる人がそばにいてくれると安心できます。息子も不安が和らぎ、元気な心を取り戻せたのですから。
 思いがけずに始まったわが家の受験でしたが、その試練を通して親子共に育つことができ、また元気な心でいられることのありがたさ、大切さを再確認させていただけました。
 今日も息子は、仲良しの友達と一緒の小学校で、楽しく勉強しています。

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