おいしいお茶をどうぞ


●信心ライブ
「おいしいお茶をどうぞ」

金光教放送センター


(ナレ)おはようございます。今日は、徳島県・佐馬地さまち教会の教師、兒山こやま陽子ようこさんが、2020年1月に、金光教本部でお話しされたものをお聞きいただきます。
 兒山さんは、中学生のお子さんの部活動で、保護者のAさんと仲良くなり、いつしか、思っていることを相談し合えるようになりました。子どもさんたちが通う金光学園中学校では、金光教本部で大きなお祭りがある時、参拝者にお茶を入れる接待を行います。その活動に参加した、金光教のことをほとんど知らないAさんが兒山さんに知らせてきたこととは、いったい何だったのでしょう。

(音源)AさんもPTAのお役で、秋の御大祭に湯茶接待の奉仕をされました。その日の夜、私にメールを下さいました。
 「御信者の方々が全国からお参りになっていることに驚き、圧倒されました。金光教の皆さんは、お茶出しをしましたら、皆さん『ありがとう』と言ってくださり、こちらがうれしくなりました。他の保護者の皆さんと、『この湯茶接待に来させてもらって良かったね』と話しました。『全国から信者さんが集まる金光教は、どんな宗教か知りたいね』と話したのです」というメールでした。また、さらに、「私は、裏のほうでお茶を作ることをしていましたが、『お茶がおいしい』と参拝の方に言われると、本当にうれしかったです。おいしいお茶ができますようにと、祈りながらお茶を入れました。今日は気持ちのいい一日でした。自分の何気ない行動でも、喜んでいただける。そのことをうれしく感じました。少しでも、良い自分になりたいと思っているのです。なかなか難しいですが」というメールを頂いたんです。
 私は、このAさんの言葉に感動いたしました。Aさんをはじめ、お仕事をされている方が多い中で、お休みを取られて湯茶奉仕をしてくださっています。そのことだけでも大変なことですが、喜びを持って奉仕してくださったことが伝わってきました。また、参拝の方々がお礼の気持ちを持って、湯茶接待を受けてくださっている。その参拝者のお礼の気持ちを、また接待するほうも受けて、接待に祈りを込めてしてくださっている。金光教の信心を知っている知らないを超えて、そこにありがたいものが生まれたのだなと思いました。
 どうしてそういう場が生まれたのかなと考えてみますと、Aさんが少しでも良い自分になりたいという願いを持っておられるからだと気付きました。これは、なかなか言葉にできない言葉だなと思います。本当に素直な気持ち、願いの言葉だと思います。そういう願いを持っているAさんの心をとおしてみると、湯茶接待の場がありがたいものが生まれる場として見えたのだと思います。少しでも良い自分になりたいと思っているのです。この願いを言葉にできるAさんの真っすぐな心にも打たれました。そして、私自身を振り返らされるような気がしました。そういう願いを果たして自分は持っているのだろうかと、揺さぶられるような思いがしました。
 Aさんは、この御大祭での湯茶奉仕をとおして、「金光教のことを知りたい」「御本部の周りが奇麗だった」という印象を持たれて、散策してみたいと仰いました。これが、10月の御大祭のことでした。翌月の11月に、金光学園中学高校の保護者を対象に、ご霊地を案内する会があることを私が聞いておりましたので、そのことをAさんにお伝えして、参加を勧めました。
 Aさんは、午前中に参加してくださいました。とても喜んでくださいました。後日、Aさんとお話しした時に、次のような感想を仰いました。「金光教の教えには、『人様のためになる』『お役に立てる人になる』ということがありましたよね。学校でのお話などを通じて、以前から耳にはしていましたが、あまり心に留めておりませんでした。しかし、先日の参拝と本部施設の見学をした時に、『人様のためになる』『お役に立てる人になる』という言葉が心に響きました。私は、親から、『人様に迷惑を掛けるな』と言われて育ちました。ですから、子どもにも、『人様に迷惑を掛けるな』と言って育ててきました。『人様に迷惑を掛けるな』という言葉に比べて、『お役に立てる人になれ』という言葉は、何て肯定的なんだろうと思いました。子どもには、小さい時からの言葉が刷り込まれているでしょうから、今から『お役に立てる人になれ』と言って育てても遅いですよね」と仰るんです。残念そうに、そう仰いました。
 ですから、私も、次のようにお話しいたしました。「私も、子どもの頃には、『人様に迷惑を掛けるな』と言われて育てられました。最近になってようやく、子どものことだけでなく、自分自身のことも、『人のお役に立てますように』と願えるようになりました。Aさんも、今日から子どもさんに、『お役に立つ人になれ』と言ってあげてください。私は、40歳を超えてから、『お役に立つ人にならせてください』と自分のことをお願いしているのですから、息子さんに言うのに遅いということはありません。Aさんは、すでにそういう願いを持っておられると思いますよ。どんな宗教を問わず、人の幸せは、人に喜んでもらえることから生まれると思います」と。

(ナレ)いかがでしたでしょうか。
 お礼や感謝、相手を祈る気持ちを伝え合うことができると、なんとも言えないありがたいものが生まれてきます。「お役に立つ人にならせてください」という願いが、一人でも多くの人に広がれば、柔らかな人とのつながりが生まれていくのではないでしょうか。

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